2021年03月09日

自分の言葉を取り戻そう〜「国際女性デー」に感じたこと

国際女性デーのシンボルはミモザの花。ファッションとして取り入れるだけでなく会話のきっかけになるよう、当日はこの服を着て過ごした。

文・写真/池田美樹

毎年3月8日は国際女性デーだ。

この記念日は、もともとは米国ニューヨークで、参政権のない女性労働者が労働条件の改善を要求してデモを起こしたことが始まりだ。国連は1975年(国際婦人年)にこの日を「国際婦人デー」と定め、女性の十全かつ平等な社会参加の環境を整備するよう、加盟国に対し呼びかける日となっている。

しかし今ではその意味が薄れ、多くの国では政治的な行事のない女性の祭日となっている。日本でも、この日は女性に関する何らかのイベントやキャンペーンをおこなう日という意味合いが強いように感じる。

この時期に踊るのが、女性に関する紋切り型の表現だ。試しに検索してみるといい。

しかし。

「輝く」とか「ハッピーに」とか「自分らしく」とかいう抽象的な言葉でたたえられて、何か感じますか?

何をすれば、具体的にあなたが納得できる人生や納得できる日々が送れるのか、それはひとりひとり違う言葉で語られなくてはならないのでは、と私は思う。

例えば今、何らかの努力をしている人は、その先に何をしたいのか、じっくり時間をとって考えてみる。その時に必要なのは、「輝く」とか「ハッピーに」とか「自分らしく」という言葉ではないはずだ。

いや、先のことなんて考えない、私は行き当たりばったりで人生を楽しみたい、という人は、それでも良いと思う。それを考え、自覚することによって、それがあなたの言葉になったのだ。

なんとなく、目の前のことに一生懸命になっているだけの日々ではもったいない。「自分らしく」「輝く」「ハッピーな」人生なんて存在しない。ひとりひとり違う、愛すべき日々と人生があるのだから。

自分のことをじっくり考えてみよう。そして、想像した未来では、あなたはどうなっているだろう。そのために今、必要なことは何だろうか。

誰かにフワフワとした言葉で表現された「女性」を、それが自分なんだと思い込まなくてもいい。

女性たちよ、自分の言葉を取り戻そう。あなただけの言葉を。


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