2019年05月12日

母の日

アジサイの鉢植えたちがとても見事でつい立ち止まった花屋は、扉の奥を覗くとあふれんばかりの草花の美しさが漂ってきます。ですが店としては大通りの並びにありながら、看板すら目立たなく、隣の家具屋との境界を示しているだけの本当に隅っこに立てかけてある程度という、それも半ば花に埋もれており、まさか中で喫茶もできるとはよくよく見ないとわからない、そんな控えめな花屋でした。

表のディスプレイがアジサイに代わり、微細な色の違いに目を凝らしていると、黒板にかすれた白いチョークの文字で「母の日地方発送承ります」という黒板がたてかけてあるの気づきました。ちょうど3日前のことです。

母の日といえば一大商戦ですから、どこの花屋の店さきにもカーネーションやアレンジメントが陳列してあるもの、というイメージとは真逆のところがどうも好印象で、思い切って田舎にいる母に贈ろうかと店内に入ってみました。

 

店内はいつも通りでカーネーションらしきものもなく、アレンジの見本なんてものもなく、常連と思わしき女性が一人ぽち、誰に構うことなくお茶しておりました

 

半ば肩透かしをくらったような気持ちで、奥まったところで作業をしていた店員さんに声をかけ、母に贈りたい主旨と色味、予算を伝えたところ、

「カーネーションはいれますか?」

と聞かれました。

 

そう、そうなんです。カーネーションってあまり好みじゃないんです。

それに日本全国一斉に同じ花を贈るという薄気味悪さがどうもぬぐえない。バレンタインデーも同様になぜみんなチョコレートなのか。

昔、ネット通販がまだ主流じゃなかった頃のデパ地下はそれはもう戦場で、自分がその場にいることへの強い嫌悪感を抱いたものでした。

何万、何十万という人々が同じ行為をするという違和感を消せないまま大人になり続け、今ではそれが潤滑油になるならと、受け入れるまでには成長しました。

もちろん母の日に限って言えば、そんなことは言い訳で、険悪だった時期が長く、昔から誕生日や母の日に何かすることもなく、ズルズルと今に至っているだけなのですが。自身で子供を産み育てる経験をせぬままだと母との関係はダイレクトなもので、いつまでたっても母と娘なのです。

 

さて、温和な顔立ちの店員さんの「カーネーションはいれますか」との質問には

 

「いいえ」と答えるつもりが

 

「はい。ただし少量で。メインにはしないでください。」と自然と答えていました。

 

どんな花束が贈られたのかは分かりません。一瞬であっても母が喜んでくれればそれだけでいいと思います。

 

テキスト・写真/及川恵利


2019年05月12日 Posted by eri | カテゴリー: Life-Style | タグ: , , , ,

関連記事