2019年04月05日

パールは「白くて丸いもの」があればいいと思っていませんか?

宝石商・宮澤理恵の「ジュエリー語り」
【連載第3回】
パールは「白くて丸いもの」があればいいと思っていませんか?


こんにちは。宝石商の宮澤理恵です。
40代のジュエリーについて、連載3回目は、パールのお話です。

「20歳になったら、白くて丸いパールを母親に買ってもらう」。
……そんな大手ジュエリーブランドのプロモーションもあって、パールの入り口は「白くて丸いもの」が定着しました。 でも、その白くて丸いもの、実はすごく使いにくくありませんか?

長さは、微妙に長くて、ファッションとのバランスが微妙。白さが際立ちすぎて「フォーマル感」満載になってしまう。汗に弱くて、夏は着けない。日常に使いにくくて、長く箱に入ったまま。などなど。おそらく、1本あれば安心な「お道具」レベルになってしまっているのでは。冠婚葬祭のときだけ出してくる……みたいな。そんな残念な話を何度聞いたか、数え切れません(涙)。

 

店頭に並んでいるパールは「商品」として鎮座しています。でもダイヤモンドや石のジュエリーとは違い、実はパールは、海の中で育まれる「生き物」なんです!

私が宝石商として初めて見たパールは、愛媛・宇和島の養殖場で作られたものでした。バロックといって、丸くないごつごつした形で、色はうすいグレーの、80センチのネックレス。そのパールを見たとき、まだ経験の浅い私でも「このパール、すごい虹色だ! すごくきれい!」ってわかりました。

それからその養殖場には、何度も足を運んで、養殖場の所長の話を聞き、船に乗って沖にでて、海の上で貝を開いてパールが産まれる瞬間を何度も見てきました。それはそれは、艶めかしくて、力強くて、店頭に並んでいるパールとは全く別のものだったんです。

パールへの見方が変わったのは、それからです。「いい子」風につけるのではなくて、この「強さ」や「アヴァンギャルドさ」を身に付けたい!と思ったのです。

 

そんな想いとともに、最初に買ったグレーの、バロックのパールのネックレスを、1年365日のうち、300日は着けていました。あらゆる服に合わせて、研究を重ねました。朝に、昼に、夜に。日本でも海外でも。

光の当たり方で表情がガラリと変わるので、まったく飽きませんでした。しかも、顔色がぱっと明るくなる!対面している人に、ネックレスをガン見される快感を、何度も経験しました(かなり気持ちイイ)。丁寧に作られているだけあって、安くはないものですが、もう、かなり早い時期に減価償却しましたね(笑)。

私のパールは厚みがあり、汗や経年変化に左右されない堅牢さがあります。だから、20年たった今でもお客様から「それが欲しい」って言われるぐらい、美しく輝いています。

また不思議なもので、パールの使い方に慣れてくると、白くて丸いパールも、普段から使いこなせるようになるんです。「ジュエリーが似合う人」になってくるんですね。

 

日本のパールが、海外の大きなパールや、中国産の廉価な淡水パール、模造品のコットンパールなどと絶対的に差をつけられる点。それは、虹色の出方です。日本産のあこや貝で、日本の春夏秋冬の水温差があるからこそ、他のパールにはない、美しい虹色が醸し出されるんです。それはそれは美しく、そしていつまでも虹色です。神様からのギフトです。

日本のパールにも、いろんな種類があります。白くて丸いもの、グレーやグリーン、時にパープルに見えるバロック、黄色だってあります。こういう迫力のパールは、ジーンズにも、皮のジャケットにも、オフィスにも、デートにも大活躍します。

40代になったら、海外のものや、フェイクパールではなく、虹色がかった本物の日本のパールを使いこなして、ファッションの「格上げ」に役立ててくださいね。ファッションの格上げはすなわち、あなたの格上げなのですから。

 

文・宮澤理恵 Rie Miyazawa

宝石鑑定士/宝石商
ゆらトレ®︎オーガナイザー
有限会社ハーティプラス 代表取締役
公式サイト http://hartyplus.co.jp/

PROFILE
1968年 広島県広島市生まれ。
広島女学院大学英米文学科卒業後、コンピューター会社に就職、銀行ATMシステムの開発に携わる。
大学生の頃より「90歳までできて、流行がなくて、世界共通の仕事がしたい」との思いがあり、26歳の時に、アメリカ・ロサンゼルスにある米国宝石学会(GIA)に留学。
世界中からあつまる宝飾のプロの卵たちとともに学び、宝石鑑定士・彫金士の資格を取得。留学中には、ビバリーヒルズの宝飾店でアルバイトをして、仕入れや販売の方法を学ぶ。
帰国後1年間、卸会社で営業の仕事に携わった後、29歳の時に小売業として独立。
お客様0人からのスタートからご紹介がつながり現在にいたる。顧客のライススタイルやファッションに合わせてジュエリーをセレクトすることが得意。
勤めた卸会社で、年間生産量がネックレスにして400本ほどしかとれない日本の真珠に出会う。これが大きな武器となり、卸売りも開始。

2005年(36歳)で第1子を出産。1,000グラムに満たない未熟児だったので「自分のからだに原因があったのでは?」「からだを作りなおしたい」と強く思うようになる。
2007年、まくらを使った体操法に出会う。肩凝りや疲れやすさが改善したこと、子供が小さく家でできる仕事をしたいと思い、2012年(44歳)のとき東京・目黒区の自宅にてトレーニング教室を開講。からだが変わっていく面白さをもっと追求したくなり、理学療法士の角田里紗氏に師事。角田氏の指導の元、ストレッチ、まくらを使った運動、筋肉トレーニング、施術を合わせた新メソッド「ゆらトレ®」を考案。2017年商標を取得。

2018年、表参道にスタジオオープン。表参道と自由が丘でゆらトレ®︎の指導にあたっている。

現在は、宝石商のかたわら、ゆらトレ®︎インストラクターとして、2つの顔で活動中。
プライベートでは、中学生になる娘、夫、愛犬のトイプードルとの生活を楽しんでいる。

取得資格:
・米国宝石学会(GIA)認定 宝石鑑定士・彫金士
・JCCA協会認定ベーシックトレーナー
・一般社団法人日本ファスティングコンシェルジュ協会認定講師


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