2019年03月04日

「使い減りしない女」と言われて、私は抵抗しなかった

「コイツ、使い減りしない女だから」。

部署異動をして新しい席に座っていたら、こう聞こえてきた。以前の部署長が今の部署長に言っているのだった。私を指さして。

「なっ」

と、彼は私に念を押した。

あろうことか、こういう会話の中にいて、私は怒るどころか、ヘラヘラ笑っていたのだ。そうせざるを得なかったから、ではない。本当に、私はその会話を「私を”褒める”男たちの愉快な会話」として聞いていたのだ。30代のその時は。

***

会社の先輩にはしっかりかわいがられること。そういって私を育ててきた父親に激しく反発してきた。会社の先輩とは、すなわち男の人のことだった。

バレンタインにはちゃんとチョコレートを持っていけという父親の手からそのチョコレートをたたき落として抵抗した。

なぜそんなことを女だけがやらなくちゃいけないの。そう思っていたからだった。

父からすれば、ひとりしかいない自分の娘が、社会の大部分を占めている男たちにかわいがられ、無事に世間を渡っていけるようにという思いだったのだろう。

だが、学校では男も女もなく、生来の資質と努力で成績も合格も手に入る。事実、手に入ってきた。

それなのに、なぜ、社会人になったとたんに、男に媚びへつらうようなことをしなくてはならないのか。そう思っていたはずだった。

それが、対外的な仕事は男性だけに任されたり、年下の男性がじりじりと私たち女性を追い越して昇進していったりするなど、少しずつ少しずつ理不尽な扱いを受けるうちに5年が経ち、10年が経ち、私の心はマヒしていったのだろう。

「コイツ、使い減りしない女だから」という侮蔑的な言葉を投げつけられても抵抗しなかった自分に対して、40代になって、抑えきれないほどの怒りを感じたのだ。

「使い減りしない」というのは、競馬用語なのだそうだ。間隔を詰めて連続して使える馬のことを「使い減りしない馬」という。

つまり、どれだけ働かせてもいい女、と言われたわけだ。それなのに、そう言われた時に、怒りのわき上がることすらないほど心を疲弊させていた自分自身の情けなさに、傷ついたのだ。

***

私の取った道は「逃げる」ことだった。このままでは、本当に大事なものまで失ってしまう。逃げた先は、大学院。当初は両立するつもりだったが、入学してしばらくして、きっぱりと会社員生活から足を洗った。

おかげで、自分を客観的に見つめられるだけの心の余裕を手に入れた。

私の取ったような方法が誰にでも勧められるわけではないけれど、副業だったり起業だったりと、「逃げ道」を知っておくことはとても大事だと思う。

自分のことは、自分にしか決められない。とどまるも、行動するも自由だけど、心を守るのは自分自身にしかできないことだから。


2019年03月04日 Posted by miki | カテゴリー: Business | タグ: , ,

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