2018年03月29日

モータージャーナリスト・川端由美|40’sお仕事図鑑

ジャーナリストとは、時事的な事実や問題を評論し、正しく報道するという社会的なお仕事。「Beautiful 40’s(ビューティフルフォーティーズ)」人気連載の「お仕事図鑑」、今回はモータージャーナリストの川端由美さんにお話を伺いました。

文/守山菜穂子(編集部)

 

 

小さい頃から自動車が大好き

菜穂子: クルマ試乗中のカッコいい写真をたくさん見せていただきました! 由美さん、「モータージャーナリスト」って、どういうお仕事ですか。

由美: 自動車に乗りに行って、その自動車がどういう性能だったのか、自分がどんな風に感じたのか、などを書く仕事です。自動車の記事って「レポート」ではなく「インプレッション」って言うんですね。

菜穂子: あ、確かに「インプレッション」って言いますね。

由美: もともとヨーロッパで、自動車が時速100km出るかというようなスペックを競ってた黎明(れいめい)期があって、その後、メーカーや車種ごとの個性が広がった。そうなると、ジャーナリズムとして確固たる「これが正しい」っていうのが、もうないんですよ。

そこで、「こう走りたい人には、この車がいいよ」「乗ってみた自分は、こんな風に感じたよ」ということを書くようになった。

つまり、自動車評論って、多様な意見が求められている世界なんですね。自分が「こう思った」ということを、主観で書いていいという、変わったジャーナリズムです。とっても不思議な仕事。

菜穂子: へぇー、面白い。キャリアのスタート地点を伺ってもいいですか?

由美: もともと、母が車が好きだったんです。彼女は16歳で免許を取ってからずっと車に乗っていて、女性ながらに自分で買ったりもしている人だったんですよ。だから私も小さい時から車が好きで。母と車の話ばっかりしてた。

菜穂子: うんうん。

由美: 栃木県の足利(あしかが)に住んでいたのですが、SUBARU(自動車メーカー)のお膝元みたいなとこなんですよ。大学に行く前から「車が好きだよー」って話をすると、「スバルに行って車作ったらいいんじゃない?」ってみんなに言われて。

菜穂子: 地元の大きな産業なんですね。

由美: 「工学部に行ったら車を作れるらしいよ」って聞いて、大学は工学部に行きました。でも就職のころは、自動車メーカーがすごく不景気のときだったんです。1995年。男性で理系でもなかなか就職できないっていう、とんでもない不景気で。バブルが弾けて、どうにもならない年だったんです。

菜穂子: 就職氷河期ですね。私も就職活動が97年なので、かなり厳しかったです。

由美: そう。学部で卒業していたら93年で全然平気だったのに、大学院に残ったがために、氷河期に突入。メーカーに電話しても「女性で24歳なんて、3年も経ったら結婚して、すぐ辞めちゃうでしょ」「本当に少ししか採れない中に、女性を入れるなんて考えられない」って電話口で言われるくらいだった。

菜穂子: 当時、まだそんな時代でしたね。

由美: それで、「大きい会社なら、女の人を採らなきゃいけないかも」っていう噂を聞いて、『会社四季報』を買ってきて。車の部品を作っている大きい会社に電話してみた(笑)

菜穂子: なるほど!

由美: 結局、住友電工という会社に入って、技術者として自動車部品の設計をやっていました。

菜穂子: ゴリゴリの理系の技術者としてスタートしたんですね。そこからどうやって、ジャーナリストになったんですか?

由美: 3年目ぐらいに、自動車雑誌を読んでいたら「編集部員募集」と書いてあって、それに応募したんです。

菜穂子: 車が好きだから、車雑誌?

由美: そうですね。当時、800人ぐらい応募があったと言ってたかな。最終的には新人2人っていうとこにうまく残って。ただ、出版社に行くこと自体はすごい不安があったんですよ。住友電工って10数万人とか社員がいる会社なんです。自分のいた製作所だけでも2〜3万人いる。それなのに、出版社って「数百人の規模の会社で、大丈夫?」って。出版社の中ではそれでも中規模だというのがわからないぐらい、全く知らない世界でしたね。

菜穂子: 確かに。出版社の規模ってそんな感じです。

由美: でも、車が好きで、部品1個とか作って、当時は特許も取ったりして、褒められてても「これぐらいのことしかやれないのかなあ」と思った時に、もうちょっと車全体に関われたらいいなあ、と思っていたので。だから、雑誌を作ることなんか全くわからないのに、車が好きなだけで転職しちゃったんです。雑誌が好きな人にとっては「そんな経緯でメディアに入ってきたの!?」みたいなルートですよね。

菜穂子: 住友電工から出版社を受けに来る人なんて、珍しいですよね。「理系で、国立大学の工学部卒で、車好きで、車のパーツの設計してて、編集部を受けに来たやつがいるぞ〜!」って、書類選考でさぞかし、ざわついただろうなあ。出版社の社員ってほとんど文系ですからね。

由美: ナゾの経歴で、よく中途採用で取ってくれたなと思います。

 

自動車業界の大御所に囲まれた
編集者時代

菜穂子: そんな「素人さん」が、車の雑誌では業界トップ、車好きの憧れである、二玄社『NAVI』編集部に配属された。

由美: 入社してから、「ダーマト*1 取って」「ライトテーブル*2 使って」とか言われても「ダーマトって何ですか!?」もうハテナうわぁぁぁぁーん、みたいな感じでしたね。

菜穂子: 中途採用なのに、即戦力にならない(笑)。

 *1 ダーマト=柔らかい芯に厚紙を巻いた、鉛筆形の筆記具。写真フィルムを入れる袋に番号を書いたり、アナログ時代の出版社の現場で重宝された。

 *2 ライトテーブル=アクリル板の内部からの透過光で、写真のフィルムをチェックする設備。

由美: 編集部には本当に一流の人がいたし、担当もさせて頂きました。当時は同じ二玄社の雑誌『Car Graphics』名誉編集長の小林彰太郎さん(2013年没)がまだお元気でいらしたので、「この人が一番、詳しいだろうから、小林さんに聞こう」って、平気でなんでも聞いちゃって。

菜穂子: 小林さんは、日本で自動車評論の道を開拓され、世界的に活躍されたモータージャーナリストの方ですね。

由美: そのおじいちゃんも「若いのが来て、何でも聞いて来るから教えてやろうか」みたいな感じで。車ジャーナリズムの世界を教えて頂きました。すごいことですよね。

あとは、徳大寺有恒さん(とくだいじ・ありつね 日本を代表する自動車評論家・元レーシングドライバー・2014年没)の担当になりました。徳大寺さんは「先生」すぎて、ずっとキャリアのある男性編集者が担当に付いて来たんだけど……。

菜穂子: 「若い女の子が入って来たし、ちょっと担当させてみるか」と。

由美: たぶんそうですね。でも自分は、それがどれだけ恐れ多いことがわからないのですよ。「入ってすぐなのに、そういう有名な人の担当するんだ、ふーん」とか思って。「はい、わかりました(アッサリ)」、「オフィスどこですか? 行きます」みたいな感じ。

菜穂子: ぎゃ〜(笑)!!

由美: 今、思うと、どうしてこんなすごい人の担当につけたんだろうって思いますけど。当時はそのすごさがわからなかったです。

菜穂子: そういう、本当にトップクラスのプロの人達に囲まれて、車の表現を学んできた。

由美: そう。あと私、理系でマジメにものを作る会社から来たから、雑誌を作る時に、「何から設計しなきゃいけないんだろう」って思ったんですよ。まず雑誌を分解して、「雑誌とは何だろう」ってとこから思考し始めたの。

菜穂子: ああ、なるほどー。「雑誌」を良く知らないんだ。

由美: 「雑誌好き」で入ってきた人と違うから、「雑誌ってどんなゴール設定なんだろう」と思った。「毎月180ページ作ればいい」ってみんな言ってるけど、いったいそれでいいのかなあ、と思って。

それで、一番近いところにいた詳しい先輩に聞いて「自動車のインプレッションっていうのはこうあるべきなんだ」とか。1冊の雑誌の中が「メインのおかず」「箸休めの軽めの記事」「効果的な広告」などで構成されている、とか。駆け出しの時に、会社の中でこんな風に、いろいろ考えたり、人に聞いたりしました。面白かったですね、出版社に入ってからライターになって良かったなあとは思います。

 今も川端由美さんの手元に残る、1998年の雑誌「NAVI」

 

男性社会でキャリアを築いてきた

菜穂子: そんなすごい環境から、独立したきっかけは? 

由美: 住友電工に入った時は総合職で女性の同期が3人しかいなかったんです。それでも社員研修で「うちの会社の規模だと、社長になるのは、まあ大変だろうけど、『部長になりたい』ぐらいは達成するつもりでやれよ」、それだってなかなか大変なことだから、頑張れよ、なんて言われながら育てられた訳です。

菜穂子: ふむふむ。

由美: ところが、自動車雑誌をやっていて、ふと周りを見ると、このジャンルの編集長には、世界的に女性がいないんですよ。

あ、1人だけ、トラック野郎からトラック雑誌の編集長になったっていう、すごい女性がアメリカにいますけど。

菜穂子: それはかっこいい!

由美: 仕事をしながら「やっぱり、自分の部の部長ぐらいにはなりたいなあ」と思っていて。編集部に7年ほどいたんですけど、女性がインプレッションのど真ん中で、堂々と書かせてもらうってところに、なかなか行けなかった。「女のクルマ特集」の撮影で、総務の女の子と一緒に3人ぐらいで、写真に写るということはあっても(笑)

菜穂子: 端的に言うと「クルマ業界が、かなり男社会だった」ってことですか。

由美: そうですね。だから、組織の中にいると、これ以上「女性」っていう性差が足かせになるかもなあ、って気がしました。

菜穂子: なるほどねえ。わかります。

由美: 30代前半の「選択肢が多くて悩む時期」だったこともあり、奥さんになってもいいし、お母さんになってもいいし、キャリア志向でもいいし……と悩んだ末に、組織の中で女性が仕事をする限界を感じてフリーランスになりました。

ただ、ひとつ誤算がありました。男女ともにライバルが少ない領域を探して、得意とする技術解説を選んでしまったんです。女性の軋轢(あつれき)を避けようとして、「オトコの世界」に足を踏み入れてしまったために、「オンナが片手間で仕事をやっている」って誤解されがちで。女性だからこそのイヤミを言われたりもしましたね。

菜穂子: 男社会の中でやってる数少ない女性ということで、影響が大きかったんですね。周囲をザワつかせてますね。

由美: 私は技術が得意で、それを書ける人がすごく少ないから「競争が少ないかも」と思って、まず最初に技術を書き始めたのですが、男たちは、自分がわからないことを詳しく書いてる女が気に入らなかったんでしょうね。少しずつ名前が売れて来たら「インプレもやりやがって」「インプレなんか、女に書けないだろ、どうせ手足の長さも足らねえし」って悪口を言われて。

菜穂子: でも由美さん、実は背がすごく高いっていうね(爆笑)。身長171cmでしたっけ。

由美: そう(笑)。車の撮影って、基本的には小さいモデルさんを使うんですよ、車が小さく見えると良くないので。本来、163cmぐらいの、モデルとしては小っちゃいけど、バランスがいい人の独壇場なんですが、私は大きい方。

菜穂子: そっか、やっぱり男社会ですね、車業界。働く方の大変なところですね〜。私は女性誌の仕事が長かったので、逆に、女性ばかりの打ち合わせが多かったです。例えば下着メーカーの広報、開発者、営業、雑誌の編集者と企画の担当も全員、女性で。男性の営業が1人だけいて、一緒にブラジャーの話をずっとしなきゃいけない、みたいな。男性営業が「俺、ちょっと今日、よくわかんないので、任せていいですか」とか言って、編集の女性が「あなたは見積もりだけ持って来ればいいのよ」と(笑)。そういうこともありましたねえ。

由美: 面白いですねえ。同じ雑誌でも、全然、違いますねえ。多勢に無勢で。

菜穂子: 人数が多いほうが、基本的に発言権がありますよね。

ランボルギーニ試乗中の川端由美さん。
スラリとした長身。

 

モータージャーナリストという
仕事を選んだわけ

菜穂子: 独立して最初から、フリーの編集者だったんですか。

由美: そうです。ちょうど、1年間にわたり環境省のウェブサイトを作るというお仕事をいただいて。あとは、ソニー・ミュージックエンターテインメント(SME)で「L’Arc-en-Ciel(ラルク アン シエル)」のファンクラブ会報誌を作ったり。

菜穂子: えーっ、そんな仕事も!?

由美: 「ソトコト」で環境系の記事を書いたり。そうしていたら、広告会社さん経由で、トヨタ自動車のタイアップの仕事が入りました。

菜穂子: ああ、なるほど。

由美: その後、さらに、関係者から「レクサスマガジンやってみない?」って言われて。編集ができるし、そもそも車の記事を書ける人が少なかったので。レクサスのチーフエンジニアのインタビューもやりました。珍しく女性のインタビュアーが来た上に、技術のことがわかる、車のこと詳しいし「話してやるか」って思ってもらえた。

菜穂子: では、どこから自分が「モータージャーナリストです」って名乗り始めたんですか。

由美: 由美:実は今でも、名刺にそうは書いてないんですよ。

菜穂子: そうなんですか!?

由美: デザイナーの友達が、就職祝いにと名刺を作ってくれたのですが、「自分のキャリアを言葉で限定する必要はないと思うよ」と言って、ピクトグラム(絵記号)で「クルマ」と「家」を描いてくれた。「スタイルを大事にしているんだったら、家も書いとけばいいんじゃない」みたいな感じで。いまだにその名刺を使ってます。

独立したのは2004年頃ですが、当時、女性で車の記事を書く人はほとんどいなかった。一般誌で書かせてもらうときに、編集部から「自動車ジャーナリストとか、モータージャーナリストって書いていいかなあ」って聞かれて、「あ、いいですよ」みたいな。「だんだん車の人になっちゃった」っていう感じ。

 

真実に近づくために、書く

由美: ジャーナリストという仕事の好きなところは、世界が見えること。真実に近づけることです。たぶん、広告系の仕事をやっていたりする方が、収入はいいんだけど(笑)

菜穂子: でしょうね(笑)

由美: ジャーナリストは儲からないかもしれないけど、真実には近づけます。私は、いろんなことを知った上で「何が本当のことなのか」を知りたい。科学者を目指した時と、いまも全く一緒で「真実を知りたい」という気持ちが強いですね。

菜穂子: 「知る」だけじゃなくて「伝える」のはなぜ?

由美: 自分だけが知って満足するよりも、ちゃんとパブリッシュ(発表)したいですね。自分で仮説を立てて、それが真理に近いかどうかを検証して、その実験結果を発表する。これ、科学の実験をして、論文を書くのと一緒なんです。「認められるようなところにパブリッシュする」。載せなかったら何の意味もない。

だから、自分のブログより、「メディア」に書きたいですね。「Beautiful 40’s」は「メディア」なので、女性に向けた車のライフスタイルとか、インプレッションを書きたいと思いました。

菜穂子: 「40’s」はまだ立ち上がったばかりなのに「メディア」だと認めていただいて、すごく嬉しいです。では、ジャーナリストという仕事で、社会にどんな影響を与えていきたいですか。

由美: 「情報がある」ということは、「選択肢が増える」ことだと思うんです。だから、読者の選択肢が増えるような情報が伝えられるといいなあ、と思いますね。

例えば、私は学生時代「車が好きだったら車を作りなよ」って言われたけど、当時、「車雑誌の編集部に行く」っていう選択肢は、私にはなかったんです。私がいた工学系の国立大学では「メディアに行く」っていう選択肢は、全く提示されなかった。

菜穂子: 「知らなかった」ってことですね、そういう道があるということを。

由美: そう。でも、例えばこれが東京の、東大・早稲田・慶應などの大学で、メディア研究科みたいなクラスにいたら、普通にある選択肢ですよね。だから「情報がある」ということは、選択肢が増えることに直結すると思います。

今、40・50代の女性は、社会から「こうあるべき」と与えられた枠の中にまだまだ収まっていると思う。だから、40代女性の生き方に関するいろんな情報が伝わることで、「こんな女性も幸せ」「あんな女性も幸せ」「変わったことやってる人だけど、意外と幸せ」って、選択肢が増えるかなと思いますね。

菜穂子: 本当はいろんな生き方があるんだけど、知らない、気づかない。今日は打ち合わせの段階から「選択肢」っていう言葉が何回も出て来て、由美さんが、それをすごく大事にされてることがよくわかりました。

 

30代に「生き方の選択肢」を見せたい

菜穂子: この「Beautiful 40’s」は、表向きのテーマは「40代のみんな、集まろう!」と言っているんですけど、実は裏テーマとして「30代の子たちに、いろんな生き方を見せる」っていう趣旨があるんです。

30代は選択肢のちょうど岐路にいるじゃないですか。選択の負荷が毎日すごくかかってる感じで、大変なんですよね。でも40代は、「その時に選んだ結果」がもう出ている。

由美: 30代、いちばん大変だよね。結婚するべきかとか、仕事忙しすぎて生理がなくなっちゃったとか、みんな悩んでますね。私もよく相談を受けます。

菜穂子: 「仕事をしていると、子どもは産めないんでしょうか」「産んだほうがいいんでしょうか」「子どもを産んだら、仕事がないんでしょうか」「産めなかったら、幸せじゃないんでしょうか」って、悩みのループ。

由美: 専業主婦向けの雑誌で書いていたこともあるんだけど、読者モデルの専業主婦の子も、30歳ぐらいで結婚を選択して、「ステキな奥さん」してるけど、実は不妊に苦しんでた。でも、そういう情報って表に出てないよね。

菜穂子: ないですね。情報自体が少ない。

由美: 「妊娠しにくくなると知っていたら、もっと早く結婚したのに」という人もいる。逆に、私の知り合いで、25〜26歳ぐらいの間に子どもを3人産んじゃって、それで今、40代でバリバリ働いてる人もいる。20代半ばでいきなり3児の母って、すごい負荷ですけど、そういう時期を乗り越えて、今は仕事で大活躍してる。そういう生き方もある。

菜穂子: 大ありですよね。今日、お話を聞かせていただいて、「選択肢のバリエーションを見せていく」っていうのが、「Beautiful 40’s」のやるべきことなんだな、って実感しました。「典型」に押し込めるんじゃなくて、あらゆるバリエーションを見せていきたい。

由美: 女性の選択肢は、本当にまだ、メディアが紹介し切れていないところですよね。たぶん男性よりバリエーションがある。働かなくていい、っていう選択肢があるし。女性を応援する男性たちにも、そういう選択肢を見せていきたいですね。

菜穂子: すごく楽しみですね。本日はありがとうございました。

 

編集後記

「女性にもっと、さまざまな選択肢を与えたい」という川端由美さん。来月から、女性のクルマ選び、クルマとライフスタイルに関する連載が始まります。女性が欲しい車は「ジープか、ポルシェ」って本当ですか? ぜひ、ご期待ください。

 

PROFILE

川端由美(Yumi Kawabata)
モータージャーナリスト。大学院で工学を修め、住友電工のエンジニアを経て、二玄社の自動車雑誌『NAVI』の編集記者に。『カーグラフィック』編集部を経て2004年に独立、フリーの自動車ジャーナリストに。海外のモーターショーや学会などを積極的に取材し、現在は自動車のエコロジーとテクノロジーを中心に追う。2013年からワールド・カー・オブ・ザ・イヤー/グリーンカー・エキスパート、2015年からインターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤー選考員のほか、官公庁の有識者委員などを歴任している。

インタビュー写真/池田美樹
テープ起こし/ブラインドライターズ


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